自動車産業帝国 4

株主は賃上げと値下げの計画全体に反対して、収益をないがしろにする行為だと彼を責めました。


そうした批判にも、フォードは威勢よく言い返しました。


「これだけのことをやれば、金はあんた方の両手に降るように入ってくる、逃げようたって逃げられないほどにね」。


粗利益はまだ低かったのですが、、1920年までの期間全体で、フォードの自己資本に対する収益率は20から30パーセントにおよび、当時この業界では最高でした。


フォードの発見した原則は現在〈習熟曲線〉(あるいは〈学習曲線〉)として知られています。


最初ボストン・コンサルティング・グループのブルース・ヘンダースンによって考えだされ、その後ベイン&カンパニーのビル・ベインによってさらにその理論の展開をみました。


さまざまに呼ばれますが、これは成長の曲線です。

自動車産業帝国 3

市場は静的なものでも、プラスマイナスゼロでもなく・・・


また〈自然〉あるいは〈平衡〉価格や、限定されたあるいは計測しうる需要に支配されるものではないことを示したのです。


フォードは高い収益は与えることによって、つまり低価格と高賃金によってもたらされるものであり、決して商売の実りを摘みとる不当な搾取からは生まれないことを実際に示しました。


これは資本主義の倫理的核心の発見です。


先を見越した価格を設定すること、つまりさし当っては大幅な収益増加の見こまれないような値下げをすることは、将来の不確かな利益のために一時的な犠牲を払うことです。


寛大で楽観的な企業精神をもって、フォードはこの値下げに投資したのでした。


さらに、値下げ攻勢の真只中で、フォードは賃金を2倍に上げました。


かの有名な前例のない日当5ドルへの賃上げです。


・・・ウォール・ストリート・ジャーナルは、これを"聖書の教えのはき違えだ"と非難しました。

自動車産業帝国 2

フォードは1920年の経済危機の間に30パーセントの値下げを行い、その後の1921年には、10年間で12倍に成長したこの市場で60パーセントの占有率を占めました。


1927年までには、1500万台の車を売り、売上高70億ドルを数えました。


最初の2万8000ドル以後、新しい資本の注入のなかった自己資本は、約6億ドルの現金を含めて7億1500万ドルに上っていました。


同じ戦略をとって、フォードはトラクタi市場でも優位に立ちます。


やがて人々の嗜好が変り、オープンカーが好まれなくなりました。


しかしフォードは方針を変えませんでした。


GMは屋根つきのシボレーを値下げして低価格車の市場に割込みます。


・・・ついにフォードは敗北を認めなければなりませんでした。


彼は1年がかりでモデルAの製造開始に向けて生産設備を改めました。


しかしフォードはすでに資本主義の歴史のなかで最高の地位についていました。


企業家経済の基調となる法則を見事に実際に示すことによって、彼はマルサス理論の憂縷な計算の限界、すべてのありきたりの経済モデルの数学的な制約を打ち破ったのです。


自動車産業帝国

1910年のヘンリー・フォードの場合、その結果は60パーセントの売上げ増となり、モデルTはビュイックをはるかに引き離しました。


値下げによる大きな利益は、短期間に最大の収益をあげようと努力している競争会社の投資の目標と予想に大きな衝撃を与えることです。


この場合、フォードは恐慌も不景気もなしえなかったことをなしとげたのです。


・・・すなわちゼネラル・モーターズを拡張しようというウイリー・デュラントの遠大な計画を挫折させたのです。


ビュイックの市場制覇にかけて金を貸付けていた銀行家たちの信用を失い、銀行は貸付金の回収を始めました。


その結果フリントにあるデュラントの巨大な建設プロジェクトでは厳しいレイオフが実施され、会社に与えた損害の克服には10年を要しました。


フォードも教訓を学んでいました。


1914年の景気後退の年に、彼は2度値下げをし、他の会社が倒産するなかで彼の売上げはうなぎ登りに増えた。


1916年までに、モデルTの価格を360ドルまで下げ、市場占有率は10パーセントから40パーセントに増えた。


一方のゼネラル・モーターズの占有率は、23パーセントから8パーセントに滑り落ちたのです。


英語教育に尽力した男

森有礼の一つのエピソードがあります。


明治31年、第一次大隈内閣組閣の時、ひそかに大隈重信の命をうけ、夜半文部大臣のポスト受諾をこうために尾崎行雄(胃堂)を訪問した永井柳太郎。


彼は、ナイト・ガウン姿の尾崎テオドラ夫人に一室に案内され、尾崎男堂に会いますが、その際男堂は言います。


「文部大臣は陪食大臣で嫌いだが、特に今回の大臣は陪食大臣ではないという但し書を付けるという条件で承諾しよう」と。


ここでわたしたちは、たとえば司法大臣としてより完全に自己の力を振おうと希望する尾崎男堂を攻墾する意志は毛頭ありません。


しかしこの尾崎の言葉は当時いまだ27、8歳の青年永井柳太郎にとって大きなショックであったと伝えられています。


この文部大臣の地位を森有礼はみずから求めたのです。


その生涯の大半を外交官として終始して来た彼が。


第ニの疑問はその生涯の前半においてあれほど進ホ的であった彼が、その彷半においてなぜ保守的な政治家に転向したかということです。


しかし果たして本当に転向してしまったのかという疑問も残っています。


ここでこれらの疑問に答える前に、わたしたちは英学史上もっとも畳重方資料の一つである、『米国在留邦人』をみるとよくわかります。


今のように石川遼 英語での勉強法などなかった時代に、このような教育方法は画期的だったのです。

燃費のいいガソリン

昭和40年代の中ごろ、石油業界でオクタン価を競う時代がありました。


オクタン価を高める最も手っ取り早い方法はガソリンの中に鉛(4エチル鉛)を加えることで、当時のものは、もっぱらこの有鉛ハイテク・ガソリンでした。


ところが、40年代後半になって排ガスによる鉛公害が発生、無鉛化が進められました。


自動車は47年から無鉛ガンリン使用車となり、レギュラー・ガソリンも50年からは完全無鉛化が実施され、有鉛ガソリンは一部の旧タイプ車向けだけに、ほそぼそと販売されています。


そこに新しく登場したのが無鉛ハイオク。


従来の無鉛レギュラーのオクタン価は91ですが、無鉛ハイオクは98。


「鉛を加えなくても、有鉛ハイオク並みの高オクタン価が実現できた」(日本石油)というわけです。


それでは、この新ガソリンはどうして生まれたのでしょうか。


レギュラー・ガソリンは原油を常圧蒸留、水素精製、減圧蒸留、接触改質、流動接触分解といったいくつもの装置を通して製造される直留ガンリン、改質ガソリン、分解ガソリンの3種を混ぜ合わせてつくります。


これに対して、無鉛ハイオクは比較的オクタン価の高い改質ガソリンと分解ガソリンを再蒸留装置にかけ、さらに純度を高めたものを混合して製造するのです。

"人類の夢"に近づく太陽電池 5

30年近い歴史を持つ単結晶に比べ、アモルファスは量産されてからわずか3年。


今後、変換効率のアップなど改善の余地の大きいことも魅力です。


世界で初めてアモルファス太陽電池を量産化した三洋電機を先頭にわが国の有力メーカーは相次いでアモルファス市場に参入しています。


今後の課題は何といってもコストの引き下げでしょう。


1ワット当たりのシステム価格が現在の25分の1の7~800円になれば、家庭用電力料金と変わらなくなり急速な普及が期待できます。


また一部メーカーでは繊維と太陽電池との結合を研究しています。


これが実現すれば、ヨットの帆やテントがそのまま電源になるわけで脚光を浴びることになりそうですね。

"人類の夢"に近づく太陽電池 4

真空反応炉に入れた約300度のシランガス(シリコンと水素の化合物ガス)をプラズマ放電します。


すると、それだけでガラスやステンレスの基盤にシリコン膜が自動的に形成されてしまうのです。


この際、シリコン原子がバラバラになってしまい、結晶状態にならないためアモルファス(非晶質)と呼ばれるわけです。


アモルファスシリコン膜の厚さは0・6ミリしかなく、使用するシリコンの量は500分の1ですみます。


熱処理費なども格段に安くなるのです。


結局、コスト差が決め手となって太陽電池の主流はアモルファスが握ることが確実になってきました。

"人類の夢"に近づく太陽電池 3

単結晶シリコンは、実験段階で変換効率が約50%と高いのが特徴です。


地中から取り出し複雑な精製工程を経て得られる石油でさえ、燃やして発電する際の燃料効率は30%しかありません。


高価な石油の半分の効率で、無尽蔵の太陽光を電気に変えてしまうことになるのです。


単結晶の働きのよさがわかろうというものですね。


しかし欠点もあります。


それはコストが高いこと。


15%という変換効率を維持するには、不純物の割合が1億~10億分の1という高純度のシリコンを必要とします。


しかも高価なシリコンをいったん1400度の高温で溶かしたうえ棒状に仕立て上げ、さらに厚さ約0・3ミリの薄い円板に切っていくという面倒くさい工程をたどらねばならないのです。


これに対してアモルファスは、変換効率こそ7~8%(10センチ角)と低いものの、製造コストについては単結晶の100分の1程度に引き下げることが可能。


しかも製造法はいたって簡単です。


"人類の夢"に近づく太陽電池 2

太陽光や螢光灯の光がなぜ電気になるのでしょうか。


その秘密のカギは電池の材料であるシリコンにあります。


シリコンは岩石の主要成分で、地球上では酸素の次に多いものです。


このどこにでもあるシリコンの薄い膜に光を当てると、シリコン原子中の電子が飛び出してきます。


この性質をうまく利用すると電気をつくり出すことができるのです。


つまりシリコン膜の端にN(マイナス)極とP(プラス)極をつくり、回路を設け接続さえすれば、光を照射するだけで電気は自然に流れ出す仕組みです。


太陽電池には製法などからいくつかの種類があります。


その代表は単結晶シリコンとアモルファス(非晶質)シリコンの2種類です。


問題は、光を電気に変える割合(光電変換効率)の大小とシリコン膜をつくる費用でこの2つの要素が太陽電池の商品性の決め手になります。

カテゴリー

管理人のお気に入り

  • 茅ヶ崎 賃貸
  • 湘南エリア(藤沢・辻堂・茅ヶ崎・鎌倉)の不動産売買・賃貸情報!湘南の売買・賃貸物件はお任せ下さい。
ガーデニング用品
園芸用品、ガーデニング用品、農業資材、包装資材などを幅広い商品を取り扱っております。元祖、農家の店カクヤスでは農業、農園、家庭菜園をされている方々を応援しております。
  • 包茎 福岡
  • 福岡で包茎・カントン包茎・仮性包茎・真性包茎・包茎手術や治療、亀頭増大、コンジロームなどの性病治療を行うなら包茎・増大・長茎治療専門メンズクリニックの小倉スキンケアクリニック。九州各県や山口県・大分県の方もご来院いただいております。
愛知 引越

栄光社は生活物流におけるお客様満足の追求と豊かな環境の育成を永遠のテーマと致します。

  • ハンガー
  • ハンガーの企画・製造・販売会社TAYAのサイトです。製造メーカーの株式会社タヤが付加価値をもった、オリジナルハンガーをご提案します。ご要望(デザイン・機能)をご連絡ください。国内生産で小ロット・短納期に対応いたします。
提灯

オリジナル提灯の製作は提灯(ちょうちん)の専門工場にお任せ下さい。価格・品質に自身があります。